今年はandroidの年
陳腐すぎる表現ですが、今年の注目はandroid。特に独自路線を突っ走ってきたdocomoやauという日本の二大携帯キャリアがプラットフォームのオープン化を真剣に志向するという画期的な出来事が起こるでしょう。
iPhone終了(私の中で)
先日も書いたが、私の中でiPhoneは終了。
iPhoneをいわゆる「ガラパゴスケータイ」と対比させてオープンだと勘違いしている人もいるようですが、あれは形を変えたガラパゴスシステムです。携帯電話で言えば、ネットワークの部分も、サービスプロバイダの部分も(この二つを合わせてキャリアと呼んでます)、ハードの部分も、いわゆるOSの部分も、そこで走るソフトの部分も、すべて自由に参入できて自由に変更できるのでなければオープンとは言えません。その環境下で競争することが求められているんです。
これは総務省が求めていることであり、特に、総務省から無償で電波を割り当てられている既存キャリアについては、その線に沿って環境を整えなければならないんです。これは記事になってますのでリンクしておきます。
この記事中でも「iPhoneは微妙」と言及がありますが、iPhoneはソフトの部分がオープンになっているだけ。ソフトウェア公開の場が限られ、公開までの厳しい審査の過程などを聞くに「オープンっぽくなっているだけ」と言いたくなります。所詮はアップルのための「ガラパゴスシステム」ということです。
利用者の観点からも、まったくもって迷惑な意味不明な制限、つまり
- バッテリーの交換が容易ではない
デザインでユーザビリティを犠牲にするのはデザイナーの怠慢では?
- SDカード(外部メモリ)が使えない
容量が足りなくなった=買い換え、にしたいんでしょ?
- マルチタスクではない
これ、本当になぜ?
- ブラウザでFlashが走らない
そんなに勝手にアプリ(ゲーム)を作られることが嫌か
- 各国ローカル事情にハード仕様を合わせる余地がない(ように見える)
誰がなんと言おうと携帯型通信機器へのFelica搭載、つまりおサイフケータイは便利なんです
については、アップルのガラパゴスシステムゆえに許され、(広い意味で)その維持のためと思われる制限ですね。
「1994年と似ている」という鋭い分析があります。たぶん気づいている人は多いでしょうが、
- iPhoneがmac
- androidがWindows
- 既存ガラケーがPC98やFMTOWNS(FM-Rって言った方がいいの?)
というわけだ。すなわち、
- 普及度は高いし評価が高いが閉鎖的で高価なmac=iPhone
- まだこれからだが自由で便利で安くなる可能性が高いWindows=android
- 消え去り「Windowsエコシステム」の中にわずかに名前だけを残すPC98等=既存ガラケー
ということ。
アップルが抜本的にやり方を変えない限り、iPhoneは終了。ソフトバンクが必死の形相で安売りをしているだけでは、ジリ貧ですよ。
iPhoneじゃなきゃダメ?
という状況ってこれからはほとんどなくなりますよ。昨日、この本(好意的ではないのでアフィリエイトリンクはしません)をパラパラと立ち読みしたんですが、別にiPhoneでなければ実現できないことは見当たらなかった。今現在はそうでだとしても。
android側でソフトウェアの開発が進めばすぐにできることですし、evernoteやdropbox等のサービスは間違いなくiPhoneと同等レベルに持って行きます。androidはMSじゃなく、Googleですから。
Xperia
こちらで紹介されている通り、開発中とされるアプリはかなり洗練された物です。iPhoneのおかげで「ウケるソフト」はかなり分かっているので、既にソフトウェアを持っているベンダは優先順位をつけやすい。ソフトウェアの供給プラットフォームを立ち上げたdocomoやbiglobeがアップルよりずっと「話が分かる」ことは間違いなく、iPhoneへ供給されている魅力的なソフトウェアが短期間に揃うことは十分考えられます。
auユーザにとって残念なのは、関係者のスマートフォンの現状認識に関する正気を疑う発言や機器仕様から予想されたことではありますが、Xperia X10と呼ばれたこの機種が、docomoからのリリースになってしまったこと。真剣に乗り換えを検討中。
10年以上の長期ユーザなのに、auがさほどメリットを提供してくれないところも失望の種。比較的私は心情や温情、忠誠心といった部分に重きを置くのですが、これでは悲しい。新規、若年層ユーザが重要なのは理解できますが、それならばいちユーザとしても冷徹にメリデメリを計算するだけ、です。